
40代後半〜50代のキャリアは、
表面は似ていても、中身は全く違います。
海外駐在の経験。
家族の状況。
社内の立ち位置。
配偶者との関係。
本人の価値観。
あなたが本当に知りたいのは、
「で、私の場合はどうなのか」ではないでしょうか?
その答えは、一般論では絶対に出てきません。
役職定年への不安。
肩書きを失うことへの恐れ。
家族にも言えていない迷い──。
エグゼクティブの立場にある方ほど、
こうした本音を口にできる相手がいません。
部下には言えない。
同僚はライバル。
家族には心配をかけたくない。
私自身、KPMG中国パートナーを52歳で離れる決断をするまで、
何年も一人で悩み続けました。
だからこそ、1対1の場にこだわっています。
これまで私に相談された方は、皆さんこう言われます。
「杢田さんに相談してよかった。目から鱗だった」
これは、私の話し方が上手いからではありません。
質問の仕方が違うからです。
あなた自身がまだ気づいていない思考の前提を、
対話の中で一緒に掘り起こしていきます。


4人とも、結論は全て違いました。
それでも、全員が深く納得している。
プラチナキャリア・コーチングは、最初から出口を決めません。
それが、「誘導しないコーチング」である証拠です。

【見抜いた構造】
・会社の方針と本人の価値観が、根本的にズレていた
・お客様からの圧倒的な信頼という、目に見えない資産を持っていた
【Before】
お客様に丁寧に向き合いたいご自身と、営業ノルマを求める会社方針の間で、長年悩み続けていた。メンタル面にも影響が出始めていた。
【After】
退職を決断。フリーランスとして専門性を活かしたアドバイザーとして活躍中。
【ご本人の言葉】
「これまで誰にも相談することができませんでした。狭い業界ですぐに噂が広まるし、同じ立場の人もいなかったので。でも、杢田さんに相談したら、自分の中のモヤモヤがきれいに言語化されて、言葉が自分の中に染み渡って、本当にスッと腑に落ちました。」

【見抜いた構造】
3年は、長い時間ではない
環境と方向性は、本来合っている。焦って辞めるのは、もったいない。
【Before】
中国語を活かす海外駐在を希望していたが、なかなか辞令が出ない。
中堅事務所からの転職オファーがあり、心が揺れていた。
【After】
3年待った末に、念願の中国駐在を実現。
その後、満を持して中堅事務所に転職し、現在はパートナーに昇格。
【ご本人の言葉】
「あのアドバイスがなかったら、道を踏み外していました。今の私があるのは、杢田さんのおかげです。杢田さんは、私にとって人生の師です。」

【見抜いた構造】
・独立の意思は、すでに固まっていた
・先に作るべきは、本人の決意ではなく、家族の安心だった
【Before】
独立の意思は固まっていたが、奥様の不安と家族の生活基盤がネックとなり、動けないまま時間だけが過ぎていた。
【After】
「先に顧問先を確保し、安定収入の基盤を作ってから独立する」というアドバイスを実行。現在は、日本拠点で欧州メーカーのディレクターを兼務しながら、自社事業を展開中。
【ご本人の言葉】
「杢田さんは、私の可能性を大きく広げてくれました。たくさんの人脈もご紹介いただきました。妻も杢田さんのことを心から信頼しています。杢田さんは、私にとって人生のコンサルです。」

【見抜いた構造】
・慣れた業界に戻ることの、見えないリスク
・ご本人がまだ気づいていない、自分の強み
【Before】
海外駐在から帰国後、慣れた業界と別の業界、2つの転職オファーを比較。どちらに進むべきか、決めかねていた。出始めていた。
【After】
思い切って製造業へ転職。社長直下の新しい役割で、これまでにない手応えを得て活躍中。
【ご本人の言葉】
「自分では見えていなかった世界を見せていただき、自分一人では絶対に出せなかった結論を、出すことができました。杢田さんに相談して、本当に良かった。」
✅ 役職定年まであと数年。同期は次々と「次の道」を決め始めている
✅ 60歳以降、年収が3分の1になる現実。家族にどう伝えればいいか分からない
✅ 「独立も視野に」と頭では思うが、何から始めればいいのか分からない
✅ 自分の市場価値を、誰にも本気で評価してもらったことがない
✅ 会社の同僚、家族、昔の友人──誰にも本音で話せない
✅ 「いつか考えよう」と先送りして、もう何年も経っている
✅ 海外駐在から日本に本帰国して、自分の役割が見つからない
もし1つてもチェックが入ったとしたら、
これは、能力の問題ではありません。
組織で重要な役割を担ってきたエグゼクティブが、
40代後半から50代にかけて、ほぼ全員が通る悩みです。
ただ、ほとんどの方が一人で抱え込み、
声に出せないまま、時間だけが過ぎていきます。
なぜなら、この悩みを本音で話せる相手が、
同じ立場の人の中には、ほとんどいないからです。


「あと数年あれば」
「役職定年や定年再雇用が見えてきたら、その時に」
こう考えているうちに、選択肢は急速に減っていきます。
役職定年まであと数年。同期は次々と「次の道」を決め始めている。
60歳以降の働き方を本気で設計するには、
最低でも3〜5年の準備期間が必要です。
いま45歳なら15年。50歳なら10年。55歳なら5年。
「まだ早い」と思える、いまこの瞬間こそ、最後のタイミングです。

「自分は実績を出してきた。だから市場価値は高いはずだ」
ここに、決定的な盲点があります。
社内評価と社外評価は、全く別の物差しで動いています。
社内で評価されてきた強みの多くは、
その会社の文脈の中でしか通用しません。
一方で、社内で当たり前すぎて見過ごされている強みが、
社外では驚くほど高く評価されることがあります。
でも、これは自分一人では絶対に気づけません。

「転職エージェントに相談すれば道は開ける」
転職エージェントは、構造上、転職への誘導が最優先されます。
会社に残るべきか?
独立すべきか?
いま動くべきか、まだ動かない方がいいのか?
60歳以降の30年をどう設計するか?
これらの問いに、転職エージェントで答えを持っている人は、
なかなかいません。
出口を決めずに、あなたの人生全体を一緒に考えてくれる人。
ほとんどの場合、どこにもいません。
これこそが、優秀なエグゼクティブが
「60歳の崖」の前で立ち止まる、最大の理由です。

私はKPMG中国でパートナーを務めていた頃、
多くの日本人エグゼクティブが、
海外駐在を終えて日本に帰任していく姿を見てきました。
海外で輝いていた方々が、
帰任後、本社で「自分の役割が見つからない」と苦しむ。
役職定年や定年再雇用で、急速に「ただの社員」になっていく。
60歳を境に、年収3分の1の現実に無防備にぶつかる。
立場上、アドバイスを伝えることはできました。
でも、その方の人生全体を本気で考えることは、できませんでした。
「もっと早く、本気で関われていたら」
「この方は、もっと違う人生を歩めたはずだ」
その深い悔いが、何年も私の中に残り続けました。

52歳で、私自身の決断をしました
そして、ある時、気がつきました。
私自身が、まさにその「次の岐路」の前に立っていると。
KPMG中国のパートナーという立場。
安定した収入。社内での確固たる地位。
このまま60歳まで走り抜けることもできた。
でも、自分が見送ってきた方々と同じ道を歩むことになる。
「自分がそうなる前に、自分の人生を、自分で設計しよう」
52歳でパートナー職を退く決断をし、
翌年、2025年1月、53歳でKPMG中国を退任・独立しました。
転職・独立・現職継続・業界転換。本当の答えは、対話の中でしか見つかりません。
励ましやポジティブシンキングというよりも、
残された時間、市場価値、家族の状況、本人の本音。
事実だけを冷静に整理します。
「いま動くべきではない」と判断したら、正直にお伝えします。
私のビジネスのために、無理にプログラムを勧めることは決してしません。

「杢田さんは、私にとって人生のコンサルです」
私自身が「人生のコンサル」を自称しているのではありません。
結果として、お客様からそう呼んでいただけるようになりました。
60分の対話で、
今後10年で投じる時間と労力の方向性が変わるとしたら、いかがでしょうか?
「忙しい」を理由に走り続けることこそが、「動くこと」のメリットは、お伝えしてきました。
でも「動かないこと」で何を失うか、ほとんどの方が、正面から見ようとしません。
60歳までの残り時間は、思っているより短い。
1年の先送りは、準備期間の4分の1から5分の1を失うこと。
失った時間は、二度と戻ってきません。
何の準備もしないまま60歳を迎えれば、
年収は現役時代の3分の1にまで下がる可能性が高いです。
能力の問題ではなく、構造的にそうなるのです。
「もう辞めるしかない」段階で初めて家族に伝えれば、
配偶者は強い不安と反発を覚えます。
家族との合意形成は、直前ほど難しくなります。
60歳を過ぎると、人間関係は急激に変質します。
「同じ立場で本音を語り合える相手」が、急速にいなくなります。
40代後半から50代の今が、関係を作れる最後のタイミングです。

残りの人生の設計に必要なのは、あなた一人のために描かれる、新しい地図です。


最後に、あなたへ
プラチナキャリアの個別相談は、
私一人ですべてのお客様と向き合うコーチングです。
そのため、同時に伴走できる人数には、どうしても限りがあります。
もし、ここまでお読みいただいて、
何か胸に響くものを感じていただけたとしたら、
どうぞ、60分の個別相談に、お申し込みください。
あなたと、Zoomの画面越しに、
静かに対話できる時間を、楽しみにしています。

1971年生まれ。毎月、中国上海と東京を行き来しています。
大学卒業後、製造業に就職。営業職として勤務。
シンガポール3年、アメリカ2年の海外駐在を経験。
その後、アーサーアンダーセン・ジャパンに転職。
KPMGジャパンの国際本部でグローバルコーディネーション業務を担当。
2015年、KPMG中国に駐在。その後パートナーに昇格。
多くの優秀な会社員の方々が帰任後に苦しむ姿を見てきました。
「もっと早く本気で関われていたら」
──その深い思いが、独立の原点です。
2025年1月、KPMG中国を退任・独立。
ウインドリーム株式会社(東京・上海)を設立。
キャリア戦略パートナー
独立後も、私自身は現役のビジネス最前線に立ち続けています。
2026年、キャストグローバル上海 副総経理 現任(法務・会計・税務等)
趣味は、空手、水泳、旅行、農作業、写真、音楽、など。
(※)キャリ戦略パートナーは、30年以上にわたる企業経営・人事・海外事業の経験をもとに、キャリアの意思決定と実行を支援する実践型の伴走サービスです。